紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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 本の紹介

   真砂久哉: 南紀から地球の植物を見る
           −シダに惹かれたナチュラリストの記−

                研成社  1996年発行 164頁    

(本の構成)

 1 シダと私
 2 南紀のシダあれこれ
 3 シダ見てある記
 4 シダ見てある記(外国編)
 5 シダ読みある記
 6 翠山と熊楠
 7 シダを教わった人たち
   あとがき

(書評)
 著者は、本書の所々で南紀の自然と文化の状況について述べている。南紀はヒマラヤ周辺、中国南部から西南日本にかけての照葉樹林帯の北限に位置し、黒潮洗う温暖な気候で日本有数の多雨地帯にあり、山と深い渓谷があり、シダ類の生育に適した地域である。また、江戸時代の紀州藩では地域の動植物や鉱物について記す博物学が盛んで、畔田伴存(くろだ ともあり)などの有名な本草家が出ている。明治時代に入ってもそのような伝統が生きており、民俗学や自然保護活動で有名な南方熊楠(みなかた くまぐす)も子供の頃に、昔の百科事典である「和漢三才図会」をよその家で読んで暗記し、自分の家に帰ってから記憶したものを書き記して完成させたという。

 著者は、和歌山県田辺市で林業を営む傍ら、シダに惹かれ、南紀をはじめ、日本各地、世界にも足を伸ばしてシダを採集し、南紀や日本のシダ類の特徴を調べ、述べている。著者は、ナチュラリストとしてシダの採集と研究に生涯取り組んだが、その間、全国各地で開催された研究会などで、その土地の自然やシダ仲間との出会い、大学の先生方との交流なども楽しみ、これらを多くのエッセイとして残し、その幾つかが本書に掲載されている。その内容は、著者の人柄がにじみ出ていて温かく、シダを通して人生を十分に楽しんだことがうかがえる。

 「日本シダの会」は日本に自生するシダのほとんどの種類を網羅する「日本のシダ植物図鑑」を刊行した。著者は会員として、その第1巻に和歌山県関係を担当し、これが昭和54年(1979年)に刊行された。動植物の分類分野では、対象とする動植物の種類がプロの分類学者の数よりも圧倒的に多い。私が専門とする昆虫の分野でも、多くの分類単位に係わる種の分類同定をアマチュアの方々が実際に担っている。著者が上記の図鑑を分担執筆したことは、林業家でありながら地域のシダ研究者として高く評価されていたことの証でもある。著者は、平成元年(1989年)に59歳でなくなったが、生涯を通じて収集した多数のシダ標本は大阪市立自然史博物館に寄贈され、生物多様性研究に役立てられている。

 本書を読むと、シダに関心の深い人たちばかりではなく、これまでシダにかかわりのなかった方でも、山歩きをする時に、これまで何となく見過ごしてきた山道の崖などに生えるシダへの関心が深まっているのに気付くと思う。(2006.9.26/M.M.)


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